2013年12月26日木曜日

静かなる日

【コピーライターの生態】
◯リライト約500文字×2件
◯年賀状の準備
◯確定申告関連のお勉強

おだやかに過ぎていく一日でした。
明日は、今年最後(おそらく)の取材。
雪の予報が不穏です。

2013年12月20日金曜日

古町五番町フリーペーパー「CINQUE(チンクエ)」第2号 / 企画・取材・ライティング


古町五番町のフリーペーパー「CINQUE(チンクエ)」の第2号。
今回の巻頭特集は「古町五番町の若き店主たち。」です。

五番町に店を構える30〜40代のオーナー3名をお招きし、
2時間におよぶ座談会を開催しました。
聞き手は地域活性化モデルの今井美穂さん

お店づくりのこだわりから、店主としてのプライド、
古町に対する想いなど、座談会は白熱。
すべての言葉を載せたいけれど、スペースには限りがあります。
編集作業に苦心しました。
機会があれば、どこかでディレクターズカット版を発表したいくらいです。

今回もショップガイドでは、厳選の10店舗を紹介しています。
いやー、この仕事、本当に取材がおもしろいです。

CINQUEブログもぜひチェックしてください。


■クライアント:古町通五番町商店街
■媒体:フリーペーパー
■デザイン・ディレクション:漆原尚(ポルトプラディア
■取材・ライティング:横田孝優(ザツダン)




2013年12月19日木曜日

昼下がり、とある歯科医院で

【コピーライターの生態】
◯リライト約3800文字
◯電話打ち合わせ1件
◯帳簿づけ
◯事務作業もろもろ

お昼に合間を見つけて歯医者へ。
幸い、今すぐ治さなきゃいけない
虫歯はなかったので、
検査と歯石除去をしてもらった。

歯科衛生士の女性は若いのに、
一つひとつの処置がとても上手で、
まったく痛みを感じず。

僕は鼻呼吸が下手なので、
ずっと口をあけていると苦しくなってしまうのだけど、
今回はそんな辛さを味わうこともなかった。

そして、約30分ほどの処置のあいだ、
3回ほど彼女のお腹が鳴っていて、
それがまた、萌えた。

2013年12月10日火曜日

空が荒れたら

【コピーライターの生態】
◯リライト約300文字
◯レポート作成
◯取材依頼文作成
◯取材スケジュール作成
◯図書館で調べ物

見事なまでにコピーらしいコピーを書いていない日。
それでもやることは色々とある。

作業と向き合い、次第に自分の世界に没入していく。
集中度が高まれば高まるほど、なぜか外の天候は荒れていく。
思えば、そういうことが多い気がする。
風は嵐に変わり、雨はひょうに変わる。

天気が急変したら、横田が仕事に没頭しているのだと思ってください。

2013年12月5日木曜日

終わらぬ終わりと、始まり続ける始まり

【コピーライターの生態】
◯先日の佐渡島取材のテープ起こし(約1時間分)
◯上記からの原稿作成(約2000文字)
◯リライト数点
◯パンフレットのデザインチェック

10月からずっと取材していた案件の
最後の原稿がようやく書き上がった。
世に出るまではまだいくつも過程があるんだけど、
とりあえずは手を離れた。

うれしいような、さびしいような。
…と感傷に浸るひまもなく、
また次の案件がやってくる。
きっとくる。ヤツがくる。

2013年12月4日水曜日

締め切りの存在価値とは

【コピーライターの生態】
◯原稿のリライト(約600文字)
◯WEBサイト用キャッチコピー制作
◯打ち合わせ1件
◯先日の柏崎取材のテープ起こし(約1時間分)
◯上記からの原稿作成(約2000文字)

締め切りに殺されそうになることもあれば、
締め切りに活かされることもある。

打ち合わせで、そんな話をしました。

タイムリミットがあるから必死に考える。
何とかしようと努力する。
僕らの仕事は、世に出てからがスタートだから、
締め切りが来ないうちは、
仕事したことにすらならないんだよなあ。
 

2013年12月3日火曜日

もう一度立ち上がる力をくれよ

【コピーライターの生態】
◯パンフレット表紙用キャッチコピーの新案制作
◯同パンフレット用、先方資料のリライト(約1000文字)
◯先日の村上取材のテープ起こし(約1時間分)
◯上記からの原稿作成(約2000文字)

一日中こもっての作業だと、
集中力とやる気をキープできるかどうかが、
その日の出来を決めることとなる。

お昼ごはんは外に出てみる。
メリハリをつけながら休憩を入れる。
テンションの上がる音楽をかける。
「あと5分でここまでやる!」とゲーム性を付加する。

僕はこの動画に何度も力をもらっています。
 

2013年12月2日月曜日

暦の上ではディセンバー

【コピーライターの生態】
・先日取材した原稿のライティング(約2000字)
・税務署主催の青色決算説明会に参加
・写真キャプション(説明文)のリライト
・打ち合わせ1本

奥さん、気づけばもう12月ですよ。
いやー早い。

年末進行というやつの足音も聞こえ始めました。
相変わらずバタバタバタとかんばります。

2013年11月26日火曜日

取材デイズ

【コピーライターの生態】
・柏崎で取材
・パンフレットのデザインチェック&修正指示
・先日書いた原稿の見出しを若干リライト

新潟各地を回る取材が今日終了。

小千谷市、十日町市、上越市、長岡市、
新潟市、津南町、村上市、佐渡島、柏崎市。

総移動距離はかなりのもの。
けっこう大変だったが、終わってしまうと寂しかったり。
でもまあ、これから原稿を仕上げていかなきゃいけないので、
終わりというわけでもないです。

でもまあ、この2ヶ月くらいで50件近く取材をして、
かなりレベルアップできた手応えはあります。

ところで、たまには人の取材を見学してみたい。



2013年11月23日土曜日

あまり引きこもれなかった。

【昨日一日の動き】
・インタビュー原稿、2本書き起こし(約1000文字×2本)
・フリーペーパー編集会議
・タイヤ交換

久しぶりに取材がなかったので引きこもって作業。
さぞはかどるかと思いきや、
取材疲れが出たのかあまり原稿は進まず。

週末に備えてタイヤ交換に行きました。
待ち時間が長かったので、
お店にあったスラムダンクをひたすら読みました。

古町五番町フリーペーパー「CINQUE(チンクエ)
第2号の制作がいよいよ大詰め。

創刊号は順調に手にとってもらえてるそうで、
在庫わずかだそうです。欲しい人はお早めに。

あと、自転車はもう寒い。

2013年11月20日水曜日

コピーライターの生態

【今日一日の動き】
・昨晩書いた広告用コピーを見直し
・先日取材した求人サイトのコピーを制作(約2000文字)
・クライアントチェックから戻ってきた原稿の修正
・村上市で取材


コピーライターの仕事って
よくわからないと言われることが多いので、
しばらくこんな形で発表してみます。

更新がない日は、その余裕がないほど追い詰められているか、
報告できないほどトップシークレットな一日を過ごしたのか、
どちらかだと思ってください。

多分、ほとんど前者。


2013年11月5日火曜日

自転車と私

自転車に乗って、古町へ取材に行く。
きっと季節的にはギリギリだ。

もう少しすれば冬がやってきて、
そうなればあっという間に雪も降るはず。
朝、布団といつまでも仲良くしていたい
季節がやって来てしまう。

自転車で行ける距離というのが好き。
歩いていくのにはちょっとくたびれて、
車で行くのには物足りないくらいの距離。
あえてせまい道に迷いこんでみるのもいい。

そこには人生を変えてしまうような
出会いなんてなくて、それもまたいい。

効率を追求するなら、きっと車で移動した方がいい。
だけど、自転車でしか見つけられないもの、
気づけない気温、匂い、そんなものがある。

自転車を選ぶ余裕があるくらいの日々を送っていたいなあ。

2013年10月17日木曜日

ふと気づけば

ふと気づけば、もう木曜日で、
ふと気づけば、もう11時を過ぎている。

ふと気づけば、メールをたくさん送っていて、
ふと気づけば、1本の電話をかけ忘れた。
(ごめんなさい)

ふと気づけば、家族はもう寝ていて、
ふと気づけば、ごはんを食べそこねた。

ふと気づけば、あっという間に一日が終わってしまったようで、
ふと気づけば、長い長い一日だったような気もする。

ふと気づけば、きっとすぐ年末だろうし、
ふと気づけば、また一つ歳を取るのだろう。

ふと気づけば、むにゃむにゃむにゃ。


2013年10月16日水曜日

カレーとわんぱく

カレーを食べすぎた。

これはつまり、僕のわんぱくに火がついてしまったということだ。
それはさらにつまり、
感情がいつのまにかむき出しになりそうになっていたに違いない。
ヒリヒリとして真っ赤な、
ふれるのも躊躇われるようなむき出しの感情が。

つまり、カレーを食べすぎて苦しいということだ。

2013年10月15日火曜日

◯◯担当の自分

以前も書いたのですが、
雑誌が好きです。
何気なく本屋さんをのぞいたりしてしまうと、
最低でも2〜3冊は欲しくなっちゃう。

きっと仕事の資料になるはずだ。
「今すぐこれに役立つ」っていうわけじゃないけれど、
この表紙のデザインは応用ができそうだし、
この写真の撮り方なんてじっくり眺めて研究してみたい。
文章のトーンは覚えておいて損はなさそうだし、
何より登場するモデルさんがかわいい。癒される。

どうしても欲しくなってしまった僕は、
買ってもいいものか、相談をしてみます。
自分の中の経理担当者に。

この「経理担当者に」というのが重要です。
僕は自分にあまちゃんなので、
ただの自問自答では
すぐに「かまへん、かまへん」となってしまう。
そうならないように、人格を分裂させて、
それぞれに役割を与えることまでして、
きっちり「検討」のプロセスを設けるのです。

プレーヤーの自分、マネージャーの自分、
営業担当の自分、経理担当の自分、広報担当の自分…。
思えば、この「セルフ分裂術」を使いこなせてこそ、
一人前のフリーランスと呼べるのかもしれません。
 

2013年10月10日木曜日

ドキドキしています。

誰だって、いくつかのカテゴリーに
所属していたりするものです。

僕だったら「関西出身」「新潟人」「既婚者」
「30代」「一児の父親」「フリーランサー」などなど。

もちろん「コピーライター」というのもそうです。

若い時は、とかくカテゴライズされるのを嫌うものです。
「おれは何者でもない。おれはおれなんだ!」ってね。
そのあと、校舎の窓ガラスを割って、
盗んだバイクで走り出すものです。

でも、このカテゴリーは時々「縁」を連れてくるんですよね。

というわけで「コピーライター」という
共通点だけで知り合った方と、
今度、温泉合宿をすることになりました。

さてさてどうなることやら。ドキドキしています。
 

2013年10月9日水曜日

加速する時の中で

半年前と比べて、
自分の置かれている状況が
目まぐるしく変化している。

まわりの人たちがどんどん売れていく。
「飲みに行きましょうよ」と
気軽に誘うのがはばかられる位に。

生まれたばかりだった赤子が、
もう寝返りをするようになった。
人の顔を見てよく笑うようになった。

おかげさまで、仕事も順調だ。
軽くめまいがするくらいの金額の
請求書を今日、提出してきた。

時間は誰にとっても平等だという。
「量」と捉えればそうだと思うけど、
「速度」と捉えると違うのではないだろうか。

一年前の自分と比べて、
一日が早い。一週間が早い。一ヶ月が早い。

まるで、質の悪いスタンド使いに
狙われてるんじゃないかと思うほどに、
時間がどんどん加速していく。

その日やるべきことを残すことのないように、
メモを確認するのも慎重になるけど、
将来の不安に思い悩む暇なんかもなくて、
これはこれでけっこう便利だ。

2013年10月8日火曜日

電話

自分ではそんなつもりないのだけど、
電話に出ると「あれ?疲れてる?」と
言われることが多いです。

むしろ普段より3割増しくらい
元気な声を出しているつもりなのですが。

先日も、とある電話打ち合わせの時に、
僕「元気なさそうだけど、忙しいんですか?」
相手「いや、そんなことないですよ。
   横田さんの方こそ、いつも電話で元気なさそうですよね」
僕「え…そんな!」

悲しかったです。

元気に電話にでるようにがんばります。

2013年10月7日月曜日

エア同僚

ブログ更新は平日のみにしようかなあ、
とか何とか思っております。

突然ですが、僕って同僚がいないんです。

まあ、当たり前ですよね。フリーランスだし。

時間的にもワークライフバランス的にも、
自分のペースが保てる、という部分は合ってるんですが、
もっとシンプルな問題にぶち当たることがあります。

話し相手がいないんです。

もちろん、チームを組んで仕事に当たるデザイナーさんや、
取引先の会社、取材先など、人と話す機会は多い仕事です。
だけど、それは何というかやっぱり仕事上の話です。

こんな屋号をつけてるくらいですから、
たっぷり雑談をしてくることもあるんです。
だけど、まだまだ足らんのです。

無駄話がしたい。毒にも薬にもならない話がしたい。
その想いが膨らみすぎて、人を巻き込んでしまいました。

便利な時代です。
違う場所同士をつないで、リアルタイムで話ができてしまう。
何人かの友人に声をかけ、
Googleハングアウト飲み会というものを
不定期で開催することにしました。

エア同僚の誕生です。
参加してみたいという奇特な方がいましたら、
ご連絡ください。

ではでは。
 

2013年10月4日金曜日

フリーランスの時間管理

フリーランスをやっていると
「時間の管理が大変じゃないですか?」と
聞かれることがよくあります。

定時や社則なんてものは
当然存在していないのですから、
何時に仕事を始めて、何時に終わるのか、
まったくもって自由です。

逆にいうと、これが自由だからこそ、
フリーランスと呼ぶのかもしれない。

自分に甘えを許してしまうと、
ズルズルと眠ってしまい、
昼過ぎに起きて、深夜まで仕事をして、
またズルズルと昼まで寝る
という毎日になってしまう恐れもありそうです。

それくらい自制心がない人は
きっと向いていないという結論になるんでしょう。

ちなみに僕は若干ずれることはありますが、
毎日9時から仕事を始めるようにしています。
終了の目標は18時。これはけっこう流動的。
その日の忙しさによって変わります。

あと、昼寝をした方が午後の効率が
いいことがわかったので、
なるべく15分〜30分くらいは
寝る時間を作るようにしています。

と、まあ一応はコントロールできてるんですが、
とはいっても「自分の中に上司を持つ」みたいな
感覚ではないんですよね。

それよりも、もうひとりの自分に
「ほんとにこれでいいのか」と
常に問われ続けているような状態。

タフなフリーランスの世界に飛び込んだ以上、
人生の支配率を高めたいという気持ちは、
やっぱり強く持っているんですよね。うん。
 

2013年10月3日木曜日

くまモンとふなっしー

ダウンタウンのまっちゃんが
ツイッターでこんなことを言っていました。

 芸術に対するバカの決まり文句。。。 
 こんな物オレでも出来る。。。
 いや。二つ目は意味ないから。。。

「二つ目は意味がない」というのは、
きっと芸術以外にも当てはまるものは多そうです。

たとえば、ゆるキャラ。
一番の成功例は、きっと「くまモン」ですよね。
だけど、熊本と別の県がくまモンと
同じ方法論でゆるキャラを作ったとしても、
きっとそれは成功しないと思います。

だって、次にブレイクしたゆるキャラは「ふなっしー」ですよ。
熊本県の公式キャラクターとして、
まず県民に広く愛されることで成功したくまモンに対して、
ふなっしーは非公式キャラクターであることを逆手に取って
やりたい放題の好き放題。
そのハチャメチャさが人気の起爆剤となってしまいました。
なんせ、それまでのキャラクターたちが
暗黙のうちにタブーとしてきた「キャラ自身が喋る」というのを
やってしまいましたからね。

くまモンとふなっしー。
このふたつのゆるキャラが僕らに教えてくれるのは、
同じことを二番目にやることの無意味さなんじゃないでしょうか。
 

2013年10月2日水曜日

箇条書き

◯「悲しみ&怒り:3」に対して、
「喜び:1」くらいで釣り合うと、毎日がだいぶ楽しくなる。

◯目標は大事。だけど、そこをあくせくめざすより、
いい予感がする方を選んでいった先に、
気がついたら達成できていた、というのが一番いい。

◯頼りにできる人がいることと、
頼りにしてくれる人がいることは、
おそらく車の両輪のようなもの。


2013年10月1日火曜日

灯りの食邸 KOKAJIYA / コピーライティング・コンセプトワード開発


食のプロデュース&プランニングユニット
(という呼び方でいいのかわからないですが…)
DAIDOCO」が手がける新プロジェクトに参加させてもらいました。

新潟市の西に位置する岩室温泉にある
築100年以上の古民家「小鍛冶屋」をリノベーションし、
KOKAJIYA」として新たな生命を吹き込みます。

単なるレストランではなく、食を中心として、
人や地域の絆、文化など、さまざまなものをつないでいく、
そんな場所にしたいという説明を受け、
コンセプトワードにも、それにふさわしい言葉が必要だと考えました。

そして誕生したのが「灯りの食邸」というフレーズです。

「灯り」は、KOKAJIYAの活動の指針となる言葉。
度重なる打ち合わせの中で出てきたものでした。
人の心や、地域の絆、受け継がれるべき文化など、
さまざまなものに「灯りをともす」という誓いが込められています。

そして「食邸」とは、KOKAJIYAのために考え出した造語です。
これまでにない場所だからこそ、
これまでにない言葉で言い表したいと思って作りました。
食卓を囲むことで家族の絆が深まっていくように、
この「食邸」が、地域やここに集まる人々の絆を深めていく
存在になってほしいと思います。



なんて、おいしそうな前菜!
…じゃなくて、その下です。下。




そう、ランチョンマットにもコピーが。
お店を訪れた際には、こちらもぜひご一読ください。






2013年9月30日月曜日

二人前の仕事

個人事業主になってみてわかったことは、
「雇用を生むってすげー」ということです。

雇用を生んでるということは、
自分以外の誰かのぶんのお仕事も
そこにあるっていうことです。
つまり「二人前のお仕事」を作っているわけです。

一人でやっていくのもそれなりに大変ですが、
例外的な何かが起こって、
たまたまうまく行っちゃうみたいなことも
無きにしもあらずだと思うんです。


だけど「二人前の仕事を作る」となるとそうはいかない。
一人前の方法論を応用するだけでは、
二人前に辿り着く前に頭打ちになってしまうように思います。
(これはもう想像だけで書いていますが…)

もちろん答えが見つかっているわけじゃありません。
一人前ですらまだまだおぼついていない状態なので、
まずは地道に結果を積み上げていくだけです。
だけど、めざすは「二人前」です。

2013年9月27日金曜日

居酒屋トイレに、黒い綿棒

居酒屋のトイレのアメニティがすごい。
綿棒や糸ようじや、マウスウォッシュ、ヘアワックス、
コットンなんかもあったりして、
女性はうれしいんだろう。

特にめずらしいタイプの綿棒があったりすると、
僕はテンションが上がってしまう。
黒いタイプのものや、トルネード上の溝が入ってるもの。
それを見つけた日には、耳に突っ込まずにはいられない。
とっくに用を足しているのに、
「はひー」という表情をしながら、綿棒を堪能してしまう。

これはきっと、日本全体で見たら、
居酒屋トイレの滞在時間が伸びてるはずだ。
うん、そうだ。そうなんだけど、
居酒屋が客のトイレ滞在時間を伸ばす理由がわからない。
けっこう考えてみたけど、結論が出ない。

『アメニティ充実=サービス充実=リピート促進』
という狙いももちろんあるんだろうけど、
あんまり本質的じゃない気がする。

「あそこの居酒屋、トイレに黒い綿棒あるから飲みに行こうぜ!」
そんな会話も想像しづらい。
この理由、わかる人がいたら教えてください。
 

2013年9月26日木曜日

納豆への愛

納豆が好きだ。
冷蔵庫には3パックセット×2を常備してある。
白ごはんのお供にはもちろん、
納豆カレーに納豆チャーハン、納豆そばもよく食べる。
回転ずしに行っても、納豆巻きを必ず2皿。
スーパーのお寿司コーナーでも、
必ずではないものの、悩みはしてみる。そしてたまに買う。
そのくらい納豆が好きだ。

数年前に「ダイエットに納豆が効果がある」と
テレビが報じて、納豆が品薄になったことがあった。
スーパーの納豆売り場がスカスカになってしまっていた。
あの時は悲しかった。

だけど、本当に悲しかったのはその後だ。
ダイエット効果については「捏造」だと発覚するのだけど、
その報道が世に出ると、スーパーでは大量の納豆が売れ残ってしまったのだ。
納豆は悪くない。なぜこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだ。
やっと、僕の納豆ライフに平穏が戻ったというのに、
とても、とても悲しかった。

というわけで、僕は納豆を愛しています。
僕をここまで育ててくれた納豆に恩返しがしたい。

具体的には、納豆関連の仕事がしたいです。

納豆メーカーや食品流通業のみなさま、
何卒よろしくお願いします。
 

2013年9月25日水曜日

宇宙の法則と、好意の返報性

のどがイガイガするので、
ドラッグストアへ、
のど飴を買いに行った。

そのお店、レジの店員さんが
やたらと「すいません」を
連呼する人だった。

「すいません、お待たせしましたー。
98円です。すみませーん。
またお越しください。すみません」
と、こんな具合。

これだけ言われると、
こっちが申し訳ない気持ちになる。
たぶんそうじゃなくて、
「そんなに言わなくてもええわ!」と
怒りたくなる人もいるだろう。
どっちが多いんだろう。

この申し訳なくなる気持ちって
どういうメカニズムで生まれてくるのか。

「失敗」と「謝罪」の間に
質量保存の法則が存在するんだろうか。
片方が失敗もしていないのに
無闇やたらに「謝罪」を重ねると
宇宙のバランスがおかしくなって、
こちらも「謝罪」しないと保てなくなるとか、
そんなことがあるのだろうか。

店員さんにとっては、
特に気にせず使っている
口癖みたいなものなんだろう。
んーだけど「すいません」が口癖になってしまうのは、
なんだかやっぱり宇宙のバランスに関わる何かが
影響を及ぼしてしまっているように思える。
まるで、カルマだ。

ちょっとだけ打って変わって、
心理学には「好意の返報性」という法則もある。
「好きですよー」と言葉や態度で伝えられ続けると、
こっちもなんだか好きになってしまうというもの。
だけど、まあ、そんなに上手くいったら苦労はしない。
 

2013年9月24日火曜日

嵐の前の

9月後半に動き出すはずだったプロジェクトが、
ことごとく後ろ倒しになっております。

もともと10月から動くはずのものもたくさんありました。
全部が一気に攻めてきそうな気配です。

世に言う、嵐の前の静けさでございます。
 

2013年9月20日金曜日

雑談ひとり

自転車のタイヤがパンクしました。
すると思うわけです。
「ついてないなあ」と。

その話を嫁さんにしました。
「転んだりしなかった?」と心配してくれます。
そういやケガはしませんでした。
「ああ、ついてたなあ」。

一人の人間ですから、基本的にはものごとを
一方向からしか見ることができません。
切り口の独自性で勝負しなきゃならない
コピーライターを生業にしていてもそうです。

人と話すことで、気付かなかった視点や
思いもつかなかった視点を持つことができる。
それを発見して「ああおもしろいなあ」としみじみ思う。

この世には、一人じゃできないことがたくさんあるんです。
 

古町五番町フリーペーパー「CINQUE(チンクエ)」創刊号 / 企画・取材・ライティング


古町五番町が独自に発行するフリーペーパー「CINQUE(チンクエ)」。
企画から入らせていただき、取材とライティングを担当しました。
ちなみにCINQUEとはイタリア語で「5」を意味します。

記念すべき創刊号の特集は『着物の美学。』
古町五番町で着物や呉服を販売する「きものゝ館 赤羽」で
新潟出身のタレント相沢まきさんが
実際に商品を選ぶ様子を誌面に再現しました。

素朴な質問や鋭いチェックを次々と投げかける相沢さんと
豊富な知識とテンポの良いトークで答えていく赤羽さんの
やりとりが楽しめます。

また、ショップガイドでは老舗から新しいお店まで、
厳選の10店舗をご紹介。
普段は入れないバックヤードまで見せていただきました。

CINQUEはブログも更新中です。


■クライアント:古町通五番町商店街
■媒体:フリーペーパー
■デザイン・ディレクション:漆原尚(ポルトプラディア
■取材・ライティング:横田孝優(ザツダン)

2013年9月19日木曜日

空を見ることで、見えるもの。

今夜は中秋の名月です。

いつものようにコメダ珈琲で夕方まで作業をした後、
お店の外に出て、ふと空を見上げて、
ものすごくわかりやすい二度見をしました。
それくらい、今夜の月は見事です。

「どんなに忙しくても、空を見上げる余裕を忘れちゃいけない」と
その昔、ある人に言われたことがあります。
中秋の名月や、皆既日食や、しし座流星群といった、
空にわかりやすいイベントがある日は、意識して空を見上げます。
だけど、そうじゃない日にも、
日は昇るし、月は浮かぶし、星は瞬くのです。

一日は24時間もあるんだから、そのうちの数秒くらい、
空を見上げる時間を持ちたいなと思います。
同じように思える空でも、
その時の心境によって、感じ方が変化したりします。
むしろ空が変わらないからこそ、
心の変化をはかるためのものさしにできるのかもしれないです。

何の日でもない、小学生のある日、
自宅のアパートの駐車場から見えた夕日は、
とろとろの卵の黄身みたいで、
未だに記憶の中に住んでいるんですよ。不思議です。
 

2013年9月18日水曜日

ツイートを掘り起こしてみる(苦肉)

「タイフウイッカ」→「台風一家じゃない」→「台風一過」という思考プロセスを矯正できない。

2013年9月15日日曜日

2013年9月14日土曜日

2013年9月13日金曜日

ツイートを掘り起こしてみる(苦肉)

さかなクンが「ギョギョ!」と驚くように、虚業を営む人たちも「キョギョ!」と言ってくれると笑える。

2013年9月12日木曜日

告白

先日ツイッターで、某糸井さんに褒められたい宣言をしてしまいました。
関西人であるが故なのか、はたまたひねくれ者の性なのか、
「ベタであることの恥ずかしさ」というものを人一倍持っています。
だからこそ、糸井さんに褒められたいという発言は、
思っていても口に出したくなかったわけです。
でも、つい言ってしまった。
すると、ちょっとすっきりした。
本心を気兼ねなく口に出してみると、やっぱり清々しいわけです。
というわけでもうひとつ告白します。

BRUTUSを愛読しています。

2013年9月10日火曜日

スーパー大辞林より

【雑談】

さまざまのことを気楽に話し合うこと。また,その話。世間話。よもやま話。「―に時を過ごす」「会議のあと―する」

2013年9月9日月曜日

何を大事にするのか

「何を大事にするのか」は、
言葉にできた方がいい。
概念的なものであればあるほど、
言葉という形に落としこんでおくと、
何かと便利です。

「何を大事にするのか」を
確認しなければいけない時というのは、
大体が、それを見失いそうな時です。
形と客観性を持たない状態のままにしておくと、
そのいざという時に、再確認ができなくなってしまう。
つまり、「役に立たない」ということです。

いいことを考えたとしても、
それが本当に必要となる時に、
役に立たなければ意味がない。
だからこそ、言葉にしておいた方がいい。

他の人、たとえば仲間や部下といった人たちに
劣化させずに伝えておきたいなら、
なおさらです。
 


2013年9月6日金曜日

「この人にはかなわないなあ」にひそむ、小さな感情。

「この人にはかなわないなあ」って
思ったり、口にしたりすることがあります。
不思議なのは、文字面とは裏腹に、
悔しさに満ちた感情ではないんだよなあ。
むしろうれしいことだったりする。

自分にないものを持っている人は、魅力的です。
もっと生真面目に考えてしまうと、
自分にないものを持ってない人なんていないんですけどね。

若い頃は、異性に求めるものが
「自分に似ていること」だと思っていた。
これは完全に誤りでした。
だって、好きになった人のどこが好きになったかといったら、
自分の中にはない「何か」なんだもの。

尊敬や憧れ、称える心を持って
「この人にはかなわないなあ」と、僕は口にします。
そして、この言葉を口にした時は、
その相手に必要とされる自分でありたいと
静かに誓いを立てるのです。
 

2013年9月3日火曜日

次のターン

6月から会議に呼んでもらい、7月・8月・9月と、
足掛け4ヶ月に渡って、企画・制作に参加してきた
フリーペーパーの最終校正が、今日終わった。
来週末には、ついに配布される。

こちらもだいぶ前から企画に参加し、
コンセプト設計やコピーワークにリライト、
ついでにお店の大掃除にまで参加した
灯りの食邸 KOKAJIYA」が
いよいよ今週9月5日(木)オープンする。

第一弾の結実が、始まろうとしている。
「どんなことがやってきたんだ?」と
世に問われるために、土俵に上がる時が来た。

その昔、某氏からこんな話を聞いたことがある。
「人生は“信長の野望”だ。3ヶ月で1ターンだとすると、
 1年で4ターンしかないことになる。急げ」。
こう書いてみると何のことだかわからないが、
とにかく3ヶ月にひとつ新しいことを仕掛けろという教えだ。

次のターンを始めなきゃ。
 


2013年8月28日水曜日

働きもの

老夫婦が二人でやっている食堂が
テレビで紹介されていました。

何十年にもわたって
地元の人から愛されてきたお店で、
里帰りしてきた人は、
お店がまだやっていることを確認して
ホッとするそうです。

良心的な価格で、大満足ボリューム。
味もきっとおいしいんだと思います。

お店は月に1日休むか休まないかだそうです。
「働きもの」という言葉で表現されていました。

「いやいや、もっと休んでええんちゃう?」
そう思いました。

「働きもの」であることが悪いとは思いません。
そして、それを褒め言葉として使うことを
悪だとも思いません。

でも「もっと休んでええんちゃう?」って思ったんです。
このあたりなあ、もうちょっとちゃんと考えたい。
ちゃんと言葉にしたい。時間をかけて考えてみたいところです。
 

2013年8月26日月曜日

2013年8月22日木曜日

自由の正体

こんな僕だけど、
会社員時代に管理職への昇進を
打診されたことがある。

評価してもらってたんだと思う。
それはうれしかったけど、結局断った。
昇進というものが、
評価に対して僕が欲しいものではなかったからだ。

評価してくれた人もそのことは知っていた。
だけど、その人の立場で持つ裁量の中では、
管理職への推薦という方法でしか
評価を形にする方法がなかったんだと思う。
断るのも心苦しかった。

組織というのは、時々とても厄介だ。
構成する一人ひとりが、
自分の持ち場で必要以上に迷うことがないように、
裁量、つまり自分の責任でできることの範囲が決められる。
だけど、そのことが行動を制約する壁にもなる。
壁に何度もぶつかると、人は無力感を抱く。

自由は厳しくもある。
ルールという不自由があるからこそ、
最大限の“限”の部分が生まれるのも事実だ。
そもそも完璧な自由なんて、
僕の知る範囲では存在していない。
フリーランスと名乗ってみたって、
自分で決められることがちょっぴり多いだけだ。

先日も書いたけど、どっちが優れているなんて話じゃない。
ただ、僕は今のはたらき方が自分に向いていると思う。
このことには、とてもとても感謝する。
 

2013年8月21日水曜日

声にならない叫び(加筆修正版)

「キャズム」という言葉がある。
マーケティング用語のひとつで、
先駆けとなるユーザーと
一般ユーザーとの間に存在する深い溝のこと。
「谷間」と言ってもいいかもしれない。
新しいテクノロジーが市場を獲得していくにあたって、
この谷間を越えられるかどうかが
ひとつの大きなターニングポイントとなってくる。
最近だと、ツイッターやスマホが
キャズムを越えることができたと言える。

「デスバレー」という言葉がある。
読んで字のごとく「死の谷」のこと。
研究開発や経営の用語として用いられ、
新たに開発された技術が、
新製品や事業化にたどり着くまでに
越えなければならない危機を指す。
具体的には、資金や人材の確保で、
これを越えられずにエンディングを迎えてしまう
ベンチャーも少なくない。

「失われた10年」という言葉がある。
これも言わば経済における「谷間」の時期。
日本では、バブル崩壊後の
1990年代前半〜2000年代前半を指している。
僕らの年代で言えば、小学校高学年〜高校時代と重なり、
確かに物心ついた時からずっと不況だった気がする。
その後も未だ大きな回復は達成できてないので、
「失われた20年」とも呼ばれているそうだ。

かくして人類はあまたの「谷間」に直面しながら、
悩み、挑み、戦い、乗り越えて経済を発展させてきた。
新たな扉の前には、
常に「谷間」が存在しているといってもいいのかもしれない。
「ピンチはチャンス」という言葉にも
そんな示唆を感じてしまう。

ところで、これだけ谷間の話をしてきたが、
女性の胸に話題をすり替えていくつもりは毛頭ない。
「小さすぎず、大きすぎず、C〜Dくらいがちょうどいいよね」
なんてこれっぽっちも頭をよぎっていない。
谷間ってネガティブな意味のものばかりだけど、
胸の谷間だけはすごくすごくポジティブな存在で、
世の中の均衡を保つ救世主だなあ、
なんて僅かたりとも考えていない。
考えていないったら、考えていないんだ。

だけど、なんでだろう。
これだけ谷間谷間と連呼しているのに、
ちっともゲシュタルト崩壊しないのは。
頭の中の谷間の映像が、ずっと肌色なのは。
 

2013年8月20日火曜日

プレッシャーに効く呪文

適度なプレッシャーは
力を引き出すきっかけになりますが、
必要以上のプレッシャーを
自分で勝手に生み出して、
そのおばけに食われそうになってしまう時も、
あったりします。
まあ、たまにですが、あったりします。

そんな時のために自分である呪文を編み出しました。

「人間、できることしかできない」です。

プレッシャーの正体は「期待度」です。
期待度に見合う結果を出せるかどうかが不安だから、
プレッシャーが生まれてくるのです。

「人間、できることしかできない」という言葉は
一見ネガティブにも見えるかもしれませんが、
合格の最低ラインと最高ラインを一致させる効果があります。
「できることは、全部やりきれ。それ以上は知らん」ってことですから。
 


2013年8月15日木曜日

過不足なく

一人でやってるからとか、
組織の中で出世したからとか、
「エラい人」ってそんなことじゃなくて、
自分の特性を過不足なく理解している人
なんじゃないかって思いました。

そういう人は、自分の上手な使い方がわかります。
結果が出るだろうし、成功にも届きやすい。
自分を過大評価してしまっても、
過小評価してしまっても、
失敗したり、損をしてしまう。

自分を客観的に見ることって難しいですからねえ。
 

2013年8月14日水曜日

休日ダイヤ

まだ夏休みがとれません。倍返しだ!(※倍休みたいの意)

録画していた「半沢直樹」をやっと2話まで観ました。
横田です。嫁さん若すぎやろ!

僕はともかく世間はお盆休みのはずですが、
まわりを見渡すとはたらいている人が多いことに驚きます。

みんなが休んでいるから、
何の心配もなく休めるということもありますが、
みんなが休んでいる時に休むと、
十分に休みが謳歌できないという見方もあります。
どこに行っても、道が混んでる、行列ができてる、
どうせ疲れちゃう、出かけるのやめよう。
こうなってしまうわけです。

「地域ごとにGWをずらそう」というような
話題が出ていたような気もしますが、
あの話はどこに行ってしまったんでしょうね。
続きを聞いてみたいように思います。

まあ、何はともあれ休みは大事です。
休みがあるからこそ、休みじゃない日が活きるんです。

「休まざるもの、はたらくべからず」。
 


2013年8月9日金曜日

ナントカワライダケ(加筆修正版)

おじさんが若者を見て言う。

「自分が君くらいの歳の時は、
もっと馬鹿だった。
今の若者はよく物を知っているし、
立派な考えを持っている」

褒めているのかと思っていたら、
あっという間に憂いにすり替わる。

「だが、小さくまとまってるなあ。
無謀でも何かにチャレンジする気持ちとか、
ガムシャラに何かに熱中するとか、
そういう熱いものはないのかね?」

うーん、ちょっと違うのではないだろうか。

教育というのは、経験則の集大成だと思う。

たとえば、僕らは食べられるキノコを
いくつか知っているけど、
昔の人はそれを知らなかったわけだ。
シイタケは食べられるけど、
ナントカワライダケは食べちゃダメということがわかったのは、
かつてナントカワライダケを食べた人がいたから。
それを食べて当たってしまったり、
死んでしまった先人がいたからなのだ。

先人たちの失敗や尊き犠牲を積み重ねた先に、
僕らの知識は存在している。

だとすれば、昔の若者より今の若者の方が
賢いというのは当然なのではないだろうか。
昔の若者が失敗した、その同じ轍を踏まないように、
彼らはその経験則を次世代に受け継いできたのだろう。
そして、それは着実に根付いている。
教育は成功しているのだから、そのことに胸を張ればいいと思う。
すぐ憂いちゃうのは悪いクセだ。

だけど、教えられないこともきっとある。
つまずかないように気をつけることは教えられるけど、
転んだ時にどうやって起き上がるかは教えられない。

おじさんたちよ、心配しなくても若者は転びます。
そしていつか、自力で起き上がります。
大丈夫。
 


2013年8月8日木曜日

はたらいて稼いで胸を張りたい。

先日観たDVDで、こんなセリフがあった。

「お金をもらうことは悪いことじゃない。
何もしていないのにお金をもらうのが悪いんだ」。

「個人」と頭につくとはいえ、
僕は「事業主」として4ヶ月を過ごしてきた。ましてや家族もいる。
否が応にも「稼ぐ」ということに意識的にならざるを得ない。

無報酬や持ち出しで何かをやることを否定するわけじゃないけど、
「もらったお金に見合うものを返す」という
覚悟に縛られないという部分は否めないだろう。
責任がない立場では、人はいくらでも饒舌になれる。

「地方にこそコピーライターが必要だ」
といった僕の言葉が正しいかどうかは、
この仕事で生活できるかどうか、
つまり稼げるかどうかで決まるのだと思う。

はたらいて稼いで胸を張りたい。強くそう思った。
 

2013年8月7日水曜日

簡単なようで難しいこと

今日も取材で感じたことのお話しです。
なぜなら怒涛の取材ウィークだったから。
それも昨日で終わったので、
たぶん取材の話が続くのも今日まで。

今回の取材はいつもと少し趣向が違ってました。
僕が一対一でインタビューするのではなくて、
タレントさんと商店街の店主さんの
対談形式をとりました。

僕は隅っこのほうにいて、ときどき質問をはさんで、
会話の流れを少しだけコントロールする程度。
基本的には二人の会話の流れにまかせます。

「お前の仕事はそれだけか?」と言われそうですが、
それだけで済んでしまったのは、
この二人の力量によるものです。

事前に話してもらいたい内容は伝えておいたものの、
万がいち、盛り上がらなかった場合には、
積極的に介入していくことも想定していました。

始まってしまえば、そんな心配まったく必要なかったです。

それで思ったんです。
「求められていることを理解して、
過不足なく応えていくことって、
すごく難しいことだなあ」と。
今回取材させていただいたお二人は、
それをいとも簡単にやってのけていました。

記事のネタだけじゃなく、
こういう学びも拾うことができるから、
好きなんですよねえ、取材。
 

2013年8月5日月曜日

「新潟 コピーライター」で検索!

検索の話題になったので、ひさしぶりに調べてみると
「新潟 コピーライター」で1位(これは以前から)
「新潟 ライター」で2位になっていました。

これといってテクニカルなSEO対策はしていません。
地道にブログ更新してきたがんばりが
Google先生に認めてもらえたということでしょうか。

僕は検索1位にかなりこだわっています。
コピーライターやライターを探している人に
真っ先に発見してもらいたいというのもありますが、
1位になると「本物っぽさ」が強まると思うからです。

「幸せは自転車を漕いで行ける場所にある」という発言があったとして、
検索1位の人が言ってるのと、検索27位の人が言ってるのでは、
なんとなく説得力や納得感が変わってきません?
そんなことないですか?僕だけですか?
(元ネタがわかったひとは、問い合わせフォームからメールください。一杯おごります)

新潟という、あんまりコピーライターが活躍していなかった土地で、
コピーライターの看板を掲げて生きていくからには、
まずはコピーライターという言葉を流通させていかなくてはなりません。
自分の言葉に「本物っぽさ」があるとないとでは、
流通の速度と強度に大きな差が出ると思うのです。

これが本当なのかどうかは、
今後のザツダン事務所の展開によって
証明していかなければならんと思っちょります。
人生は、大いなる実験なのですから。
 


2013年8月2日金曜日

取材、果てしなき道。

2日連続の取材が終わり、
今日はとてもヘトヘトです。

ライター業をやり始めて10年になりますが、
取材というのは何度やっても、
おもしろくて手強くて、奥が深いなあと思うばかりです。

なにしろ、取材相手は初対面という場合がほとんど。
どんな人なのかまだよく知らない相手から、
大事な情報や本音を聞き出さなくてはいけないわけです。

人間同士のやりとりだから、
完璧な聞き出し方というものも存在しない。
同じ答えを話してもらうにしても、
「もっといい質問の仕方があったんじゃないか」と
取材後には、かならず自問自答しています。

というか、せざるを得ない。
そうなんです。
取材って、終了後に満足感よりも
反省が先にやってくるんです。

しかも取材は、作業工程の中では途中経過でしかありません。
文字の通り「材料を取ってきた」だけ。
そのあとには、材料を使って原稿を書いていく行程が待ち受けています。
ひとまず原稿ができあがるまでは、
なんだか気持ちがソワソワしていて、解放されることはないんです。

だけど、そうは言っても、やっぱり取材は好きなんですよ。
これだけ、職業・年齢・性別・立場を超えて、
多くの人たちと話す機会をもらえる仕事って

なかなかないですもんね。
 

2013年8月1日木曜日

2013年7月31日水曜日

フリーランスの語源とは、
槍を持って戦う
中世ヨーロッパの傭兵だという。

槍は闇雲に振り回すこともできるが、
一点をめがけて貫くことで、
もっとも威力を発揮する武器だ。

その槍で、どこに狙いを定めるのか。

フリーランスは常に問われている。
 

2013年7月30日火曜日

個別指導ネクサス / 折り込みチラシ(コピーライティング)





新潟県三条市の個別指導塾「ネクサス」。
新校舎への移転という華々しいタイミングで放つ
折り込みチラシのコピーワークを担当しました。

伝えたかったのは、ひと夏あれば人は変われるということ。

僕自身も小中学生のころ塾の夏期講習に通っていました。
学校という枠を超えた友だちを得たり、
勉強を経てできることが増えていく面白さを発見したり、
たくさんのことを教わる時間だったように思います。

折り込みチラシの反響は想像以上に大きいもので、
同じタイミングで公開されたホームページから
たくさんの問い合わせが寄せられました。
入塾された生徒さんも、何名もいるそうです。

「広告は効かない」なんて諦めてる場合じゃないんですよね。
きちんと効く広告を、ただただ一生懸命に作ること。
その大事さをあらためて確認した案件でした。


■クライアント:個別指導ネクサス
■媒体:折り込みチラシ
■デザイン・ディレクション:漆原尚(ポルトプラディア
■コピーライティング:横田孝優(ザツダン)
 

2013年7月26日金曜日

トイレ危機(加筆修正版)

トイレのドア締めるの
怖くないですか?
僕はすごく怖い。

住宅のトイレは、
外に開くタイプのドアが多いと思う。
つまり用を足している最中に
ドアの前に何かが倒れてきたら、
開かなくなってしまうということ。

トイレに生き埋め。
これはイヤな死因ランキングでも、
かなり上位に入ると思う。
結婚してからは、
さすがに閉めているけど、
家に一人の時は未だに開けている。

じゃあ、風呂はどうなんだ?という話もあるけど、
まあ風呂は閉めないと
外がビチャビチャになってしまうし、
風呂で生き埋めなら、さほどイヤな死因ではない。

これは、要するに死因として、
イヤかどうかという問題なのであって、
変態だからとかではないのですよ。
 

2013年7月25日木曜日

アタマとカラダ

どちらかというとカラダよりも
アタマのほうにがんばってもらう仕事をしていますが、
「カラダは調子悪いけど、アタマは絶好調」なんていう日はありません。
体調が悪いと、いい考えもなかなか浮かんでこない。

脳も身体の一部なのだから、
当たり前といえば当たり前ですよね。

若いころは、どうしてもがんばりたい仕事に直面にした時、
「アタマを限界まで使おう」と思いながら、
結局、カラダを酷使していたような気がします。
まあ、つまり徹夜です。

疲労でフラフラになると、
なんだかがんばったような気になるんですよね。
だからといって「考える仕事」の質が高いとは限らない。
徹夜すればいい仕事ができる、なんて、
そんな単純な話じゃないです。

一年に何日か、驚くほどアタマが冴えている日が
あったりするのですが、
その時は間違いなくカラダも絶好調です。

よく寝て、よく働き、
おいしいものを食べて、たくさん笑う。

健康第一というのはよく言ったもんだなあ。
しあわせなことに、夏バテ知らずです。

 

2013年7月24日水曜日

「共有」というタフな価値観

先日、ある打ち合わせで、
「所有より共有」という言葉を口にしました。

過剰に持つことは、
実は、さほどうれしいことじゃないのでは?
とみんなが気づき出した。
そんな時代なんだと思います。

だけど、なんというか、
「自分はこれでギリギリ足りる」という量しか
持ってないとしたら、
それはそれで「共有」できないですよね。

原始時代を思い浮かべます。

たまたま一人でマンモスを一頭、
仕留めることができたとする。
自分だけじゃ食べきれないし、
放っておいたら腐ってしまう。
ここでやっと「所有より共有」という概念の
出番がやってくるわけです。

自分が餓死しないための
食料しか得られないとしたら、
やっぱり「共有より所有」となってしまいます。

今が「共有の時代」なのだとしたら、
一人前の食料しか得られない状態では
参加資格を手にしていないのかもしれない。

常にもらう側だけやっていたとしたら、
それは全くもってシェアではないですから。

「共有」や「シェア」という言葉を
よく耳にするようになりましたが、
実はけっこうタフな価値観なんじゃないかと、
ちょっと立ち止まってみたのでありました。
 

2013年7月23日火曜日

自分の中から聞こえる声

自分で仕事と呼んでいるものの中にも、
他人が見ても「仕事だよね」というものから
「それ、遊びじゃね?」というものまで
いくつもあります。

わかりやすいのは、
誰かから「こういうことをやって」と
頼まれたものです。
ゴールも、締め切りの日時も、
どれくらいお金をもらえるのかも、
仕事が始まる時点で見えているので、
取り掛かりやすい仕事、と言えるかもしれません。

だけど、仕事はそれだけじゃありません。
誰かから声をかけてもらうのは同じでも
「どうしたらいいかわからないから相談させて」と
いうものもあります。
こういう話がやってくるときは、
ゴールがまったく見えていない場合と、
ゴールは見えているんだけど、
そこへのたどり着き方が見えていない場合があります。
どんな道があるかを探したり、
道を開拓するところから始まったりする仕事です。
どこから手をつけていいか事前にわかっていないぶん、
取りかかるまでに時間がかかる仕事だったりします。

大体の仕事はこのふたつのどちらかになるのですが、
もうひとつ忘れてならないのが、
「誰にも頼まれてないけど、自分が勝手にやりたい仕事」です。

ゴールや行き方は見えていたりいなかったりするけど、
それ以上に厄介なのが「自分が相手」だということですね。
自分は一番身近ない相手だから、泣きつきやすい。
忙しくなってくると、この仕事を後回しにしてしまいがちです。

自分が勝手にやりたい仕事を
絵に描いた餅で終わらせないための方法も
いろいろありますよね。

誰かを巻き込んでしまう。

頼まれ仕事のほうにやりたいことの
要素を混ぜ込んでいく。

いっそのこと
自分が勝手にやりたい仕事以外やらないと
決めてしまう。

やりたいことなんだから、
やらないなんて選択肢はない。
目を背けるっていう選択肢もありません。
 



2013年7月22日月曜日

転がる石のように

自分が動いたから、
仕事が集まってきた。

仕事が集まってきたから、
自分は動くことができた。


どっちも真実だなあと思います。
 

2013年7月19日金曜日

Not Yesterday(加筆修正版)

人が作るもののほとんどは、
役割をあたえられて生まれてきます。
いや、ほとんどじゃなくて、
すべてと言っていいかもしれない。

たとえば、朝の貴重な時間を
やりくりして作った「おにぎり」。
お昼のために職場や学校に持って行く
この「おにぎり」には、
いくつかの役割があたえられます。

「お腹を満たす」「昼食代を節約する」
「昼食の時間を節約する」
「まとめて炊いたごはんを有効活用する」
…ちょっと考えただけでも、
これだけ色々な役割があるわけです。

ちょっと事務的で無機質な
言い方になってしまうけど、
この役割をきちんと果たすことを
「機能する」と表現することができます。

この「おにぎり」は
お昼ごはんとしてお腹に収まることで、
前述の役割を果たすことになります。
「おにぎり」として機能したということです。

ところが、世の中を見回すと、
機能していないものがたくさんあったりします。

機能しない商品、機能しない店員さん、
機能しないテレビ番組、機能しない広告、
機能しない政治、機能しない言葉…。

この機能しないものを
どうやって機能するものに変えていくか。
これが結構大事なテーマだし、
僕自身、今後取り組んでいきたいことだったりします。
意外と「変える」ではなくて「換える」で
解決できるケースが多かったりして。

機能してないくせに、
機能してる顔のアレコレ達よ、
覚悟しなさいよ!ってなもんです。
 


2013年7月18日木曜日

どんな出会いにも別れが存在するように、
どんな仕事にも必ず存在するもの。
それが「締め切り」だ。

うそ。言いすぎた。
締め切りのない仕事もある。
それならば、むしろ問うてみたい。
締め切りのない仕事に完成はあるのかと?

うーん。あるね。
意志の強い人、自分を律する術を持つ人は、
締め切りなんてなくても仕事を完遂するね。
尊敬します。

一方で、世の中には締め切りがなくちゃ
生きていけない人がいる。
そんな人は大概締め切りに追われて
苦しんだ経験がある。

だけど、それは同時に、
締め切りがあったからこそ、
仕事を完成することができた、とも言える。

コピーライターやライターのような
「ものを書く仕事」には、
これ以上直しようがないという状態はない。

推敲すればするほど、
手直しできる場所は見つかるし、
「この表現とこの表現、どちらがいいのか」と
迷うことなんて、永遠にやってられる。

締め切りなんて存在しなくて
ずっと推敲していていいなら、
これまで、ひとつの原稿も世に送り出すことが
できていなかったかもしれないのだ。

締め切りは仕事において、
欠かすことのできない仲間なのかもしれない。
うん、そうだ。思い切って言ってしまおう。
僕は締め切りを愛している。

【注】
この文章は、締め切りが「ある」ことのみを
礼賛するものであります。
締め切りまでが「短い」と涙が出ちゃう。
だって、男の子だもん。
何卒よろしくお願いします。
 

2013年7月17日水曜日

野菜パッケージワークショップ(講師)


今回はDAIDOCOの山倉さんと熊倉さんにお声がけいただき、
ワークショップにコピーライティングの講師として参加してきました。

DAIDOCOは、新潟の食のシーンを席巻する
ケータリングユニット。
本業のケータリングに留まらず、
地域の農産物を活用したフードコーディネートやレシピ開発、
百貨店での期間限定お弁当の販売から、
今夏はかき氷屋さんの出店まで、
「私たちは何者だ」と自問自答し続けながら、
活動の幅を広げています。

今回は新潟市の「食育マスター」としての活動の一貫。
新潟の地場産野菜「十全なす」をテーマに、
特徴や特色を勉強し、
調理している様子を実際に見て、
試食して味わい、
キャッチコピーを作って、
ラベルをデザインする
という盛りだくさんの内容です。

参加してくれたのは、
小学生とその保護者およそ100名。

当日までは「楽しんでもらえるかなあ」と不安だったのですが、
ふたを開けてみれば、そんな心配は無用の長物でした。

子どもたちは、あっという間にコピーの書き方を
自分のものにして、心くすぐる言葉を生み出していきます。
できあがったコピーとラベルからは、
「おいしさを伝えたい」という素直な感動から、
「目立ってやろう」という貪欲さまで、
力強いメッセージがしっかり込められていました。


▲できあがったコピーはラベルにして、みんなで陳列してみました。



▲さすがシェフ。料理の実演は、お母さんたちも大注目です。


▲新潟日報さんに記事にしていただきました。ついに新聞デビュー。

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「新潟市食育マスター制度」とは、
食育に関する優れた知識、
技術、技能及び経験を有する人材(食育マスター)を
学校、職場、市民団体等に派遣する制度。

新潟市内の学校や幼稚園、PTAなどの団体で
10名以上の参加者を集めれば、
食育マスターの派遣が頼めるそうですよ。

詳しくはこちら


うん、いい制度だ。
 
 

2013年7月16日火曜日

はりきって準備中。

世の中に仕掛けていくことを
生業にしていますと、
「準備中」という状態は、
イコール「まだナイショ」ということになります。

ようやく世の中に出せたと思っても、
実務的には、それは「すでに過去」のことです。
もちろん、世の中に発表してからが始まりなので、
それを追いかけていくことや
時にはより良く手を加えていくことも必要です。
だけど、それにステイし過ぎると、
次の一手が出遅れるんですよね。

感覚的には、これから発表されるものの準備と
すでに世に出ているもののケアは、
「7:3」くらいの感覚です。

さて、次の準備もいろいろと始めています。
例のごとく詳細をお伝えできるのは
もう少し時間がかかりますが、
2つ…いや、3つかな。
秋までに発表できるようにがんばります。

予告編でした。

 

2013年7月12日金曜日

楽しそうな人最強説(加筆修正版)

最近わかってきたことは、
「楽しんでる人は強い」ってこと。
楽しそうというだけで何だか魅力的だし、
結局そういう人のところに
人も仕事も集まるように思います。

逆のこともまた当然のように起こるわけです。
つまらなさそうな人、
不満っぽい人、愚痴っぽい人とは、
距離を置きたくなるのが人情というもの。

前者と後者で何が違うのか。
楽しそうな人はラッキーなことばかり起こっているのか。
つまらなさそうな人は不幸のループに陥っているのか。
それはそうなんだけど、
実はそうじゃないんじゃないでしょうか。

楽しそうな人にだって残念な出来事はあるだろうし、
つまらなさそうな人にだって
幸せのかけらは降ってきているはず。
もっと言えば、現象そのものには
「楽しい」とか「つまらない」とかは決まってなくて、
それを受け取った人が、
どう感じるかを決めているだけだと思うのです。

楽しいことが起こるから
楽しく生きられるのではなくて、
何でも楽しんでいるから
楽しく生きられる。

つまらないことが起こるから
つまらなく生きてしまうではなくて、
何でもつまらなく感じているから
つまらなく生きてしまう。

…と、ここで結論づける気はありません。
こんなこと、あやしい宗教でも言っている。
だけど、人間そんなに器用に生きられるわけがない。
それはよくわかってるので、ここでまた提案です。

「楽しい」と思ったことは積極的に
たくさんの人に振りまく。
「つまらない」「不満」「愚痴」の類いは、
極力自分の中に留めておく。
もしくは、ひとつの「つまらない」につき、
一人にしか伝えない。
これ、そんなに難しくない上に、効果絶大です。

昔見た大阪のローカル番組で
「おばあちゃんに好きな食べ物を尋ねると、
“なんでも食べるよ”と答える」という法則を
検証したものがありました。

結果は本当にその通り。

人生の達人たちは、
どんなものもおいしくいただいてしまうのです。
嗚呼、リスペクト。
 

2013年7月11日木曜日

エンドレス

新聞に名前が出たり、バドガールの写真を見てそわそわしたり、ちょっと社会的な意見を交わしたり、原稿の終わりがまったく見えなかったり、なかなか騒がしい日でした。

…いや、締めくくれない。まだ終わらない。

2013年7月10日水曜日

長台詞

芸術家と商業制作者の違いだとか、
原稿が評価されるのはやっぱり素直にうれしいなとか、
褒め方が上手というのは超高度なスキルだなとか、
自己評価を適切な位置に持っていくのは
シビアなバランス感覚だなとか、
「企画」という字は「企んで画にする」と書くけど、
「画に描いたモチ」で終わってしまうことが落とし穴だよなあとか、
初期衝動が次に段階に進むのを阻むものほど、
大義名分をコレクションしているよなあとか、
嫁さんが芸能ニュースにやたら詳しくて、
これはもはや「新潟の井上公造」と呼んでいいじゃないかとか、
ダチョウ倶楽部は数ある熱い食べ物の中から
なぜおでんを選んだのかとか、
書きたいネタはたくさんあるんだけど、
どれもいまいち文章に落としこむまで考えがまとまらない。

そんなことよりアイスが食べたい。

 

2013年7月9日火曜日

通勤時間に潜む悪魔

「出勤しなくなって、どうなの?」
嫁さんにふと聞かれた。

変な質問だ。
自営になって、とか、独立して、とかなら、わかる。
なぜ「出勤」に絞った質問なのか。

少し時間をおいて理解した。
会社員時代、僕は会社や仕事のグチよりも、
「出勤すること」への恨みをよく口にしていたのだ。

僕はお腹が弱い。
朝はさらにコンディションが不安定となる。

電車通学を始めた高校生の頃から、
何度、学校や会社に行く途中で
トイレに駆け込んだことかわからない。

僕にとって通勤時間とは、
突如襲い掛かる緊急事態と
いつもセットだった。

その不安がなくなっただけでも、

今はだいぶ幸せです。
 

2013年7月8日月曜日

ありのままを捉える能力

コピーライターと一緒に仕事をする人として
多いのはグラフィックデザイナーや、
カメラマンだろうと思う。
業界として隣り合っている人たち、と言えるかもしれない。

隣り合っていない人たちとも
最近では、仕事をする機会が増えてきている。
すると、自分が当たり前のようにやっていることを
「すごいなあ」と感心してもらえたり、
想像以上に感謝してもらえたりすることがある。

何度も繰り返し日常化していることの数々。
言い換えれば価値を埋没させていく作業の歴史とも捉えられる。
ステーキだって、毎日食べてたらいつかご馳走ではなくなる。
繰り返すとはそういうことだけど、
もしかしたら「もったいない」ことなのかもしれない。

自分のできることのひとつを取り出して、
実際以上に大きく見せようとすることは滑稽だ。
だけど、過小評価してしまうことは、それはそれで、
自分にとっても、それを求める(かもしれない)誰かにとっても
多分もったいないことなのだ

物事を、大きすぎることも小さすぎることもなく捉えられて、
同じ物差しで自分も他人も判断することができる。
なんてことのないように思える能力が、
実はたくさんの人をラクにできるのかもしれない、と思ったりした。

結局、他者を上手に巻き込める人は、
人が思いつかない適材適所を見つけ出す天才なんでしょうね。
 

2013年7月5日金曜日

正しい伸ばし方(加筆修正版)

「ほめて伸ばす」と
「叩いて伸ばす」という
言い方があるけど、
この「叩いて伸ばす」っていうのは、
本当にいい方法なのか?と
疑っている今日この頃。

メカニズムを整理していくと
こういうことなんだと思います。

◯「叩いて伸ばす」のメカニズム
叩かれる(=否定される)→悔しい→努力する→伸びる

◯「ほめて伸ばす」のメカニズム
ほめられる→うれしい→またがんばる→伸びる

「叩いて伸ばす」のメカニズムも
まあ、わかる気はするし、
実際それで伸びた人も見たことあります。
伸ばす人としてではなく、伸びた人でもなく、
ただそれを見ていただけの第三者として。

当然のこととして
「悔しい」から「努力する」へのステップで
脱落する人も出てきます。
この人は「叩かれて伸びなかった人」となるわけです。

一方で「ほめて伸ばす」の場合、
「うれしい」から「またがんばる」へのステップで
がんばれない人が出てくる、という意見があったりします。
「うれしい」で満足して止まってしまうと言うのです。
「叩いて伸ばす」を支持する人は、
この点を主張します。

でも、ほんとに「うれしい」で
満足して止まるのか?と思うわけです。
よっぽどの怠け者じゃない限り、
ほめられるとがんばっちゃいますよ。
だって、もっとほめられたいし、
みんな、自分をほめてくれる人は
好きですからね。
その人の期待にもっと応えたいと
考えるのが、素直な反応だと思います。

それに、もっと単純な比較として、
悔しくて力を出せる確率と、
うれしくて力を出せる確率って
どちらが高いんでしょうか?

こんなシンプルな確率論は
頭じゃなくて心で考えれば、
すぐに答えが出ると思うんですけどね。

「人類みな、ほめられて伸びる子」
甘っちょろいと言われるかもしれませんが、
これが僕の中での答えです。
 

2013年7月4日木曜日

髪がボーボーです。

髪が伸びてボーボーだ。

僕は髪が多い方で、
元来伸びるのも速いのだけど、
今回はいつも以上のハイペースで
ボーボーになってしまった。

毛根が急にパワーアップしたわけでは、たぶんない。
切ってくれた人の腕前なんだと思う。

美容師さんの実力の差は、切りたての瞬間よりも、
しばらく経って伸びてきた時にわかるように思う。
1ヶ月経っても楽にセットできると、
「ああ、切ってくれた人がうまかったんだなあ」とありがたくなる。

時を経ることで、能力の差が明らかになる。
いわゆる「その道の職人さん」という存在がいるプロダクトは
そういう性質を持っているものが多いようだ。

「値段は高いけど、一生ものですよ」というもの。
使い込むほどに、その品質を何度も味わうことができるもの。
時間をかけて味わう品質。

人は、お金に余裕がない時には、
今すぐお腹いっぱいになるものをまず買ってしまう。
そういう社会の中では、時間をかけて味わう品質の価値は
やせ細っていく。

経済が低空飛行を続けるということは、
ひとつの価値観を殺すことでもあるんだなと思った。


良い悪いの結論を今ここで出すつもりはない。
 

2013年7月3日水曜日

グレーで勝て

朝ドラのあまちゃんにハマってます。
そのあとにやってるアサイチも
ついでに観てしまいます。
ザツダンの始業時間は9時からなので、
そうこうしているうちにお仕事が始まります。

アサイチのいつかの回で
「専業主婦か、兼業主婦か」というテーマで
議論していました。
「専業主婦はのんきな裕福層だ」と罵る兼業主婦と、
「兼業主婦は仕事も家庭も中途半端」と攻撃する専業主婦。
その対立構造。

どっちの主張も、どこかは共感できてどこかは腹落ちできなくて
後味悪くなっちゃったんですが、
ひとつ確実にわかったことは
「何でもかんでも二極化させるから対立構造が生まれんじゃない?」
ってことでした。

兼業主婦とひと口に言っても、
週数日・1日数時間のパートの人もいれば、
正社員としてフルタイムで働いている人もいます。
そんな人達をすべて「兼業主婦」という言葉で括って語っても、
本質には近づけないですよ。

白か黒か。いやいやグレーがあるだろ。
グレーも、うすーい色からこゆーい色まで無数にあるだろ。

これはもちろん専業主婦・兼業主婦に限りません。
東と西も、北と南も、右と左も、正義と悪も、みな同じ。

一方で、グレーをうまく取り込んだ人は強いですよ。
おネエを見てたらわかります。
マツコ・デラックスのすごさは、
男と女のどちらの立場からも主張できるのに、
どちらに対しても説教できることだと思います。
みんなの味方で、みんなの先生。

さて、コピーライターをめざす学生のみなさん(見てますか?)。
狭き門であり、試練を迎えている業界でもありますが、
なぜか「おネエ」の席はまだ空いています。

コピーライターとして一気にブレークしたいなら
「おネエコピーライター」。これで行きましょう。
売れること間違いない。

しばらくのあいだ誰もやらなかったら
僕がやってしまうかもしれません。


今がチャンスです。
 

2013年7月2日火曜日

妄想遊戯

自転車での移動中、
ザツダン事務所の今後の展開を
いろいろ考えていた。

法人化とか、増員とか、
まだまだ先のことだろうけど、
考えるのは自由だ。それにタダだ。

目標を決めて、
そこから逆算して
今すべきことを考えるのも大事だ。

ところが、思考は脱線し、
いつの間にか
「どんなオリジナルグッズを作りたいか」ばかり考えていた。


ステッカー

Tシャツ

鉛筆

ノート

ボクサーパンツ

自転車

PCケース

包丁

オリーブオイル

TENGA


考えるのは自由だ。それにタダだ。
 

2013年7月1日月曜日

専門性と拡張性

先日、お昼時に連れて行ってもらったお店の
ハヤシライスがとてもおいしかったのです。

でもね、そのお店は本当は「おでん屋さん」だったんですよ。

夜は飲み屋として「おでん」を
看板メニューにしているお店が、
ランチ営業を始めようと思った。
そこで選んだのがハヤシライス。

ハヤシライスは一度に大量に作ることができて、
ごはんにかけるだけでお客さんに出せる。
しかも、カレーライスのようにお店にニオイが
ついてしまうこともないので、
夜の営業への影響もない。

おでん屋さんだから煮込み料理は得意なんですよね。
ハヤシライスは、おでん屋さんのランチメニューとして
持ってこいの料理だというわけです。

なるほどなあ。考えたこともありませんでした。

看板にかかげたメニューは専門性の証。
「この料理のプロです」という宣言です。
だけど、その料理しか作れないってことではないんですよね。

「おでんが得意です」を拡大解釈していくと
「煮込み料理が得意です」にたどり着く。
それは「ハヤシライスも得意かもしれない」に
変換することができます。

専門性が、拡張性を持つ瞬間です。

脇目もふらず、ひとつの道をストイックに
極めていくのも素敵です。

でも、それと同じくらい、
専門性を横に広げていく姿も
おもしろいなあと思うんです。

「能力」ってきっと多面体のように、
違う角度から光を当てると、
これまで知らなかった形を見せてくれるんですよね。

しかも、拡張性を他者が発見してくれることもある。
それはとても劇的なことです。
ぼくは、勝手に拡張性を見つけてくれるお客さんを得た
個人やチームはかならず成功すると思っています。

なぜなら、仕事を依頼する側の人達が、
その個人やチームの「取扱説明書」を充分に理解していて、
しかもそれとは違った遊び方を考えてくれているということだから。

お客さんが「新必殺技」と「それを活かせる仕事」を
勝手に考えてくれるのだから、もう成功したようなものですよね。

「わたしって何屋さんだったっけ?」

こんな疑問が湧いた時は、きっとうまくいっている証拠です。