2013年3月29日金曜日

夜はまさにプレゼン時代。


ジョブズ本、スーパープレゼンテーション、アメトーーク、Slideshare…。思いつく単語を並べてみただけだけど「プレゼン」という手法が、にわかに注目されてる。

ネットが、情報の発信者と受信者の境界線をあいまいにした結果、「伝えること」の質を上げたいと考える人が増えた。そこで注目されたのが「プレゼン」。ここまではよくわかる。

じゃあ、以前はプレゼンなんて必要なかったのかというと、そんなこともないと思う。だけど情報量が少ないということは、選択の余地がないってことでもあり、伝える中身さえしっかりしたものであれば、伝え方を磨きあげるところまで時間と体力と知恵を使う必要もなかったのだろう。

変な言い方だけど、つまらない話にも耳を傾ける余裕があったんだと思う。だけど今はそうじゃない。無数のメディアが受信者の時間を奪いあうのに躍起になってる。乱立する情報の中で、わかりにくいもの、退屈なものは、あっという間に淘汰されてしまう。

質の高い物を作っていれば、黙っていてもお客さんはやってくる。それは理想的だけど、現実はそうじゃない。他に類を見ない伝統技術の世界ですら、情報発信の巧みさやきめ細かさがその明暗を分かつという例がいくつもある。

裏を返せば、プレゼンが救える製品や技術や伝統も数多くあるのかもしれない。「伝えることを最適化する」という職能を持ったコピーライターが必要だと思う理由のひとつは、こんなところにある。
 
 

2013年3月28日木曜日

守ることで、守れなくなることだってある。


愛情が強すぎるがゆえに、
対象物を死に至らしめるというケースがある。

あばたもえくぼ。
好きだという気持ちは、
些細な欠点を見落としていく。

はじめは些細だった欠点かもしれないが、
時の流れが進むに連れて、
致命的な弱点へと広がってしまうこともある。

気づいた時には取り返しがつかない。

盲目的な愛情という凶器は、
真綿のように首を締めていくのだ。

すべてに否定的に生きていくのも息苦しいけど、
批判をすべて排除した先に、
うれしい未来が待っていることもないように思う。
 

2013年3月18日月曜日

Q:コピーライターって何する人なの?


A:「伝えることの最適化」をする人です。

よく誤解(と、あえて言ってしまいます)されるのが「コピーライターって文章で人を感動させる人でしょ」というもの。たしかに「人を感動させる」と効果を狙うこともあるけど、それはその方法が最適だと判断した時だけだったりする。つまり、数ある手法のひとつでしかないんです。

笑わせたほうが効果的と判断すればそういうコピーを書くし、ネコがしゃべったほうが伝わると判断すればネコの姿を借りて書くにゃー。コピーライティングにはかならず「解決すべき課題」があるから、それに合わせて「解決策としてのコピー」が導き出されることになるんだにゃー。

極論すれば「コピーが必要ない」という判断をすれば「書かない」という解決策だってあるということです。ものすごく極論ですが。

「広告が効かなくなった」と言われて久しいですが、すなわち「広告文を書くコピーライターももう必要ない」と結論づけられてしまうことも多いです。だけどそれは少し間違っていて「広告にしか解決策を求められないコピーライターはもう必要ない」ということなんだと思います。

「伝えることの最適化」を追いかけていくのであれば、せまい意味での広告に頼る必要はない。SNSを駆使してもいいのだし、HPをもっと改良できるかもしれないし、手書きのハガキを顧客に送るという方法もあるかもしれない。もしかしたら社訓を見直すことで、内部のモチベーションを上げることが最適解かもしれない。

「最大化」なのであれば、予算を大量に投下してテレビCMをバンバン打てば、より大多数の人に伝わることは間違いないんです。だけど、広報費を潤沢に使える企業なんて今の時代ごくごく僅かだろうし、それこそ地方にはそんな企業ほとんどないだろうし、仮に予算を持っていたとしても広告にたくさんお金を使うなんて「いつのバブルの時代だ?」と、ぼくですら思います。だからこそ「最適化」しなきゃいけないんですよね。

たとえば、リライトという作業があります。日本語にすると「書き直し」です。クライアントの生の原稿は「伝えたいこと」がむき出しのままつめ込まれていることが普通。そこから消費者・生活者の側から見たメリットを発掘して、構成を組み、文章に落としこんでいく作業。「伝えたいこと」と「知りたいこと」を結びつけていくようなイメージです。言葉だけの説明だとイメージしづらいんですが、実際にやらせていただくと「こうまで違うか」と驚いていただくことが多いんですよ、これが。

まあ、ここまで読んだ人からはツッコミが聞こえてきそうです。コピーライターが「伝えることを最適化するスペシャリスト」なら、なぜ世間に正しい認識が浸透してないんだ?と。まったくその通りですよね。

現時点では「がんばります」としか答えられないのが悔しいですが、がんばります。
 
 

2013年3月12日火曜日

台所に立つ日々


わざわざ宣言するのもどうかと思うのですが、料理が好きです。体調が悪いとか、何もしたくないほど疲れたとか、眠いとか、昨日の酒が残ってるとか、特に負の要因がない限りは毎日料理するのが苦じゃない。苦じゃないどころか、何をつくるか考えてるだけで楽しい。

「料理はもっとも手軽なクリエイティブ」とは、我らクッキング野郎の神ことタモリさんのお言葉。ちなみに「クッキング野郎」とは料理をする男性を表す造語です。料理男子という言葉が絶望的にしっくり来なかったので、0.2秒でつくりました。出来映えについてどう思っているかは別の機会に。

タモさんの言葉には全面的に賛成です。基本的に男性は形に残るものをつくるのが好きな傾向があると思う。たとえば、プラモとか陶芸とか。うちの祖父は一時期「能面」をつくるのにハマっていて、できた作品を家の壁という壁に飾るものだから、祖母が「夜中トイレに行く時にビックリする」と言って、ぜんぶ外させたそうです。

そういった「つくるのが好き」という自覚のある男性は、潜在的に料理の才能があるんじゃないかと思う。

料理は、完成品が形になる。カレーやピザなど、好きなだけ手間をかけられる料理はその分達成感も増幅していく。

料理は、「おいしい/おいしくない」という他者からの評価が出る。褒められれば誰だってうれしいし、期待以下の評価であればその悔しさが次の原動力になる。完成度を上げていく楽しみになる。

料理は、盛り付けに凝ってもいい。本質を深めるだけでなく、その周辺にも深められる余白を持っている趣味は長続きしやすい。たとえば、プラモをつくるだけじゃなくジオラマ化して楽しむのもそう。楽器の上達をめざすだけでなく、曲作りに挑戦していくのもそうだ。

料理は、道具も選び出すと奥が深い。包丁、フライパン、圧力鍋。今では男性向けのおしゃれなエプロンもたくさん売られている。

「台所に立つ男性はモテるぞ」というのは、エヴァンゲリオンの加持さんの言葉。

「“胃袋つかめば心もつかめる”というのは男も女も同じ」というのは僕の言葉。

2013年3月7日木曜日

具はたらこ



新潟でコピーライターをやるということ。


フリーランスとしてはまだ準備中(本格始動は4/1)なのですが、すでにいくつかお仕事関係の打診をいただいております。ありがたいことです。

そうしていただくお話は、大雑把にふたつに分けることができたりします。ひとつは「◯◯をやってほしい」という、やることが明確になっているもの。もうひとつは「こんなことを考えているんですが、何とかできませんか?」という“依頼”というよりは、”相談”に近いもの。

前者はつまり、コピーライターの職能をある程度理解していただけているということの証明であり、ちょっと安心します。「ここに居場所がありますよ」と教えてもらえるような感覚です。

後者は、ポテンシャルに期待してお話をいただくような印象です。その期待は「横田孝優」個人のものである場合もあれば、「コピーライター」という専門職への期待の場合もあると思うのですが、これはこれでワクワクします。「こっちの場所にも行ってみれば?」と行動範囲を広げてもらえるよう感覚です。

「新潟でコピーの仕事って、そんなにあるんですか?」と聞かれることもあります。正直に言って、待っててやっていけるほど多くないのは事実です。だけど僕はほとんど直感的に「新潟にはコピーライターがいたほうがいい」と思ったんですよね。だからやっていこうと決めたんです。(ちなみに僕以外にも、新潟を拠点にされているコピーライターはいらっしゃいます。ただ、がんばって探さないと見つからないんですよねえ)

まだまだこれからですが、そんなことを考えていたりします。

2013年3月4日月曜日

にら玉丼



いいデザイナー(コピーライター)の見つけ方

天王寺区の無報酬デザイナー問題。議論の火が大きくなって「プロアマ論」までテーマが拡大している様子ですが、どっちかというとそっちの話題のほうが既に議論されつくされてる問題で、個人的には新鮮味を感じなかったりします。

と言いつつ、ちょっとだけ言及したくなったので書いておきます。

商業デザインの品質を語る時に「センス」というものさしに頼る関係者がいる限り、こういう議論は定期的に炎上し続けるんじゃないでしょうか。そしてそれはクライアント側とデザイナー側、双方のリテラシー向上あってこそ解決される問題なんだと思います。

できあがったデザイン案が「いいか・悪いか」でしか判断できないのでは、プロの仕事とは言えない。いいと思うなら「なぜいいのか」、悪いと思うなら「なぜ悪いのか」を自分の言葉で語れること。これは提案する側もされる側も体得しておきたいスキルです。客観的なものさしを明確化し、それを共有できないと、提案する側は質のいい提案ができません。それに提案される側としても、自身が全面的な決裁者ではない限り、その提案を持って経営者や上司の判断を仰ぐこともめずらしくないはずです。「自分のセンスではこれがいいと思いました」という説明では、上司に納得してもらえないんじゃないでしょうか。

つまり、いいデザイナーを見分けたければ「いいデザイン、悪いデザイン」を具体的に自分の言葉で語ってもらえばいいと思います。もちろんコピーライターも同じです。